呼吸運動(ventilation)は、胸郭と横隔膜の運動によって肺内の空気を出し入れする機械的過程である。吸気と呼気の周期的な運動により肺胞換気が行われ、酸素(O₂)の取り込みと二酸化炭素(CO₂)の排出が可能となる。
呼吸運動は主に骨格筋によって行われ、胸腔容積の変化による圧差(肺内圧と大気圧の差)によって空気が移動する。
■ 吸気の機構
(1)横隔膜の収縮
吸気の主働筋は横隔膜である。横隔膜が収縮すると下降し、胸腔の上下径が増大する。
- 胸腔容積の増加
- 肺内圧の低下
- 空気の流入
(2)外肋間筋の作用
外肋間筋が収縮すると肋骨が挙上し、胸郭の前後径・左右径が拡大する。
(3)努力吸気
運動や呼吸困難時には補助呼吸筋が動員される。
■ 呼気の機構
(1)安静呼気
安静時の呼気は主に受動的である。吸気筋が弛緩すると、肺と胸郭の弾性収縮によって空気が排出される。
(2)努力呼気
強い呼気では以下の筋が働く。
腹圧上昇により横隔膜を押し上げ、胸腔容積を減少させる。
■ 胸腔内圧と肺の拡張
(1)胸腔内圧(胸膜腔圧)
胸膜腔内の圧は常に陰圧(負圧)であり、肺が胸壁に引き付けられることで肺が拡張状態を保つ。
(2)肺コンプライアンス
肺の伸びやすさを表す指標である。肺線維化では低下し、肺気腫では増加する。
(3)肺表面張力
肺胞には表面張力が存在するが、Ⅱ型肺胞上皮細胞が分泌するサーファクタントにより低減される。
■ 呼吸運動の神経支配
(1)横隔神経
- 脊髄:C3〜C5
- 横隔膜を支配
(2)肋間神経
- 胸髄由来
- 肋間筋を支配
(3)呼吸中枢
延髄および橋に存在する呼吸中枢がリズミカルな呼吸運動を制御する。
■ 呼吸運動と循環・リンパの関係
呼吸運動による胸腔内圧変化は、以下の循環機能にも影響する。
- 静脈還流の促進
- リンパ流の促進
- 胸管リンパ流量の増加
このため深い呼吸は循環系およびリンパ循環にも重要な役割を持つ。
■ 東洋医学的関連
(1)肺の宣発・粛降作用
東洋医学では肺は「気を主る」「宣発・粛降を主る」とされる。宣発とは気を体表へ散布する働き、粛降とは気を下方へ降ろす働きであり、呼吸運動はこの機能の中心である。
吸気は「気を納める」、呼気は「気を宣する」働きとして理解できる。
(2)宗気(そうき)との関連
宗気は肺で形成される気であり、呼吸と循環の機能を支えるとされる。宗気の不足は以下の症状として現れる。
- 息切れ
- 声の弱さ
- 疲労感
- 胸部圧迫感
(3)肺と皮毛の関係
肺は体表(皮毛)を司るとされる。呼吸機能の低下は衛気の低下と関連し、風邪にかかりやすい体質として現れる。
(4)腎の納気作用
東洋医学では吸気の深さは腎の機能に関係するとされる。腎が弱いと「腎不納気」となり、浅い呼吸や息切れが生じる。
(5)脾との連携
呼吸による胸腔運動は腹腔圧変化を生み、消化器機能にも影響する。これは脾の運化作用と呼吸機能の連携として理解される。
■ 鍼灸との関連
(1)呼吸筋緊張の調整
長時間の姿勢不良やストレスにより、胸鎖乳突筋・斜角筋・肋間筋などが過緊張になると呼吸が浅くなる。
鍼刺激によりこれらの筋緊張を調整することで、胸郭可動性が改善し呼吸効率が高まる。
(2)横隔膜機能への影響
腹部や背部の経穴刺激により横隔膜の緊張が緩和され、腹式呼吸が促進されることがある。
(3)自律神経調整
呼吸は自律神経の影響を強く受ける。鍼刺激は副交感神経活動を高めることがあり、呼吸数の低下や深呼吸の促進につながる。
(4)臨床でよく用いられる経穴
これらは呼吸器症状(咳嗽・喘息・胸苦しさなど)の改善目的で用いられる。
(5)呼吸と全身循環の改善
深い呼吸が促進されることで以下の生理的効果が期待される。
- 静脈還流の増加
- リンパ循環の促進
- 副交感神経優位化
- 筋緊張の低下
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